会員自己紹介

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中須 三太郎
<これまでやってきたこと>

本行徳(○丁目)という所で生まれ育ち、20歳過ぎれば消防団、自治会役員、子供会役員、防犯指導員、自治会館建設員、五ヶ町の大祭実行員、常夜灯公園懇談会、行徳マップ作成委員等、すべて本行徳(○丁目)の為におこなってきました。ボランティアという語源は戦争における志願兵という意味です。それを私に当てはめれば、私はボランティアでなく本行徳から徴兵された一兵士です。義務として町内の為に行ってきました。
<これからやっていきたいこと>

行徳の歴史研究(継続中)
地域防災地区リーダー(継続中)
本行徳(○丁目)の安全で暮らしやすい街づくり(継続中)
1997年、日本海重油事故というものがありました。日本海でロシア船が座礁して重油が漏れ、浜辺に流れつき、それを役所、ボランティア、地域(地元)の人たちが、手作業で浜辺をきれいにしたということですが、この中で、地元の老人が『過労のため』亡くなったのです。ボランティアも一生懸命無償で働いた。自治体も頑張った。地元も自分の町は自分で守るという事に命をかけた。ではなぜ老人は死ななくてはいけなかったのか? 連日連夜復興・片づけに明け暮れ、老人にとって体力的にきつかったに相違ない。だが、見知らぬ他の地から遠路はるばる手伝いに来てくれている若いボランティアが汗しているのに休んではおれない、寝ているわけにはいかなかった。そして斃れたのだ。つまりそれは、頑張ったゆえの『死』ではなかったか?!と。そのことを考えた時、もしその場に誰か一人でも、「じいさん、もうやめておけ、もう休みなさい、後は若い者に任せておけ」「役所の人も、年寄りに無理させるな、」とそう言える者がいたのなら、不幸は起こらなかったのでは?

私は地域においての、そのようなことを言える存在でありたいと思う。

『ノブレス・オブリージュ』という言葉があります。「高貴なる義務」というような意味です。私は、防災、防犯、介護、景観、TMO等に率先的に参加して、本行徳(○丁目)の為に努めていきたいと思っています。また、その中で郷土の歴史、行徳の歴史を知っていることは大きな財産になっています。それは人生における過去の教訓で今があり、今の教訓で未来を作るように、街の歴史も過去の災害事故等で、今の街が作られ、今の災害事故等で、未来の街が作られていく。江戸川放水路の歴史を知っています。東西線の歴史を知っています。行徳の歴史は是非私にお尋ねください。

以上まとまりませんが、自己紹介をさせていただきました。よろしくお願いします。